

諏訪大社は、あの勇ましい「御柱祭」で知られる有名な神社です。全国一万あまりの末社を持つ諏訪神社の総本山で、お諏訪様・諏訪大明神と親しまれ、崇敬されています。その諏訪大社は、諏訪湖をはさんで南に上社、北に下社があり、さらに上社には本宮と前宮、下社は秋宮と春宮に分かれて鎮座しています。この4社を合わせて信濃の国一之宮諏訪大社と称しております。この4社のうち秋宮の境内にあるのが山王閣です。また、御鎮座の年代、起源等の詳細については不明ではありますが、わが国最古の神社の一つに数えれられております。秋宮幣拝殿は安永10年1781年に建造されています。
建御名方神(たけみなかたのみこと):男神
八坂刀売神(やさかとめのみこと):妃神
建御名方神は神代の昔、父神、大国主神(おおくにぬしのむこと)を助け国造りの大業を成し遂げた。
その後、八坂刀売神と共に信濃の国の開拓に御神意をそそぎ、やがてこの諏訪湖畔の聖地を永久の神居
と定め鎮座することとなりました。ちなみに、父神、大国主神は出雲大社の御祭神です。
古くから朝廷の崇敬も厚く、691年に持統天皇が刺使を派遣し、国家安泰や五穀豊穣を祈願したという。
室町時代に描かれた「諏訪大名神画詞」には、801年、征夷大将軍坂上田村麻呂が東征の途中に立ち寄り
東夷平定を祈願したことが記されている、鎌倉時代には、「日本第一軍神」として多くの武将の崇敬を
集めた。それ以降も源頼朝をはじめ、足利尊氏、武田信玄、徳川幕府の崇敬をうけ、武運の長久と国家の
安泰を祈願している。また、雨風の守り神、水の守り神と仰いで五穀の豊穣を祈り、或るは又、生命の
根源・生活の源を司る神として、家内安全、健康長寿、交通安全、商工業の繁栄、開運招福を祈るなど、
諏訪大神の広大無辺なる御神徳は、広く深くゆきわたっている。


諏訪大社4社は日本最古といわれるだけあって
すべて強いパワースポットですが、
特に強力なパワースポットは
山王閣が境内にあり、観光客からも人気がある下社秋宮。
諏訪大社のご祭神は、夫婦の神様です。
上社(本宮と前宮)は、建御名方神(タケミナカタノミコト)男神
下社(秋宮と春宮)は、八坂刀売神(ヤサカトメノミコト)妃神を祭っています。
タケミナカタのミコトは、神代の昔、父神、大国主神(オオクニヌシノミコト)を助け、
国造りの大業を成し遂げました。その後、ヤサカトメノミコトと共に信濃の国の開拓に
ご神意をそそぎ、やがてこの諏訪湖畔を永久の神居と定め、鎮座することになったのです。
さて、強力なパワーとマイナスイオンを感じながら、
鳥居をくぐって階段をのぼると、推定樹齢800年と
いわれる御神木、大きな「根入の杉(別名:寝入の
杉)」が見えてきます。
この杉、夜三ツ時(2時〜2時30分)になると枝を三寸下げて眠り、いびきをかくらしい。
幹に耳をあてるといびきが聞こえるそうです。
この葉は、夜鳴きの子供に効果があると言われています、
不思議な御神木です。この杉の葉をお守りに拾ってみてくださいね。
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下社秋宮の神楽殿には、2つの巨大な名物があります。
青銅製では日本一といわれる身長170cmの狛犬2匹。
そして、出雲大社と同様の巨大なしめ縄も。諏訪大社の神様、タケミナカ
タノミコトの父神は、あの大国主神(オオクニヌシノミコト)です。オオ
クニヌシノミコトは出雲大社の神様、出雲大社と諏訪大社、巨大なしめ
縄が似ているのは親子だから当然ですね。
幣拝殿には、御柱際で使われる御柱が社殿の4つ角に立てられていて超パワーを感じられるスポ
ットです。この柱は7年に1度新しいものに変えるのが決まりで、その為に巨木を遠く離れた山
から運んできて、建てるのが御柱祭の流れです。諏訪大社 下社 秋宮は温泉の湧出地でそれだ
けで強いエネルギーを発しています。境内には、龍の口から温泉が湧く御神湯があります。
風水的にも龍穴の場所で霧が峰から流れ込むよい気のたまり場になっているそうです。
諏訪大社は風と水を司る竜神が有名です。風や水に直接関係の
ある農業の守護神、水の信仰が海の守り神ともされており、
五穀豊穣・海上安全のご利益があります。
また、縁結び・子宝・仕事運アップ・必勝祈願のパワーと
ご利益があるそうです。
諏訪大社の絵馬を書くと、帰ってからもこの土地の気を
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(たけみなかたのみこと)のお妃八坂刀売神(やさかのとめ
のみこと)が、しもやしろの地にお移りの時、日ごろお使い
になっておられたお化粧用の湯を綿に湿し、湯玉にしてお持
ちになられた。途中、綿に湿した湯が雫となって落ちたところ
から沸いたのが上諏訪温泉で、雫が多く落ちたところに特に
熱いたくさんの湯が沸くようになったという。下諏訪にお着
きになり、その湯玉をおかれたところから沸いたのが下諏訪
温泉で「綿の湯」と呼ばれた。この綿の湯に「湯口の清濁」
という言い伝えがあり、下社の七不思議の1つに数えられて
いた。神様の湯だから神聖で、心の汚れた人が入ると湯口が
濁ったという。神のお怒りで湯口が濁るのだが、たちまち
すすいで下さるというから有難い。


が垣のように盛り上がる
現象。上諏訪におわす建
御名方神が、下社の八坂
刀売神のおもとにお通いに
なられた跡と言い、その
方向でその年の豊凶を占う


「お宝木」と言われる杉
の大木。高さ35m、目通り
5.3m余樹齢推定7〜800年
別名「寝入杉」と言われ、
夜三つ時(2時〜2時30頃)
枝を三寸下げて眠り、幹に
耳をあてるといびきが聞こ
える
1月14日の夜から15日の早朝にかけ春宮において筒粥の神事を執り行う。葦の筒44本と共に煮た小豆粥が葦の筒に入った量で豊凶を占う
氾濫することが多いあばれ川砥川の中の小さな島なのに、この浮島は流されたためしがない。
御射山祭の最後に、太陽、月 、星を同時に拝す事が出来た
御作田社境内の田に六月末植えた稲が8月1日に収穫出来た

■筒粥神事:1月15日
春宮の筒粥殿で米と小豆と葦の筒を大釜に入れて一晩中粥を炊き、十五日未明に筒を割り中の粥の状態で豊凶を占います。現在は四十四本の筒で農作物四十三種と世の中全般を見ます。占いの正確なこと神占正に誤りなしと七不思議の一つです。
■御作田社祭・田遊神事:6月30日
下社の末社御作田社の神前で田舞を奏し、三坪程の神事田で田植をします。一ケ月後の八月一日には神前に供することが出来たと言われ、御作田の早稲と言い七不思議の一つになっています。
■お舟祭り:8月1日
二月一日に春宮にお遷しした御霊代(みたましろ)を神幸行列を以て再び秋宮へ御遷座する遷座祭に引続いて下社例大祭が秋宮で執行されます。この遷座の行列 に次いで青柴で作った大きな舟に翁媼の人形を乗せた柴舟が当番地区(御頭郷)の氏子数百人に依って春宮から秋宮へ曳行されます。秋宮へ曳付けて神楽殿を三 巡し、神事相撲三番が行われて式が終り、翁媼人形は焼却されます。明治初年迄は柴舟を裸の若者が担いで練ったので裸祭りの名も伝わっております。尚、遷座祭 には当社独特の風習として楊柳(川柳)の玉串が献じられます。
■御柱祭
信州・諏訪大社では七年に一度の寅と申の年に宝殿を新築し、社殿の四隅にあるモミの大木を建て替える祭りを行います。この祭りを「式年造営御柱大祭」、通称「御柱祭」と呼び、諏訪地方の6市町村21万人の氏子がこぞって参加する天下の大祭です。 御柱祭がいつから行われているのか定かではありませんが、室町時代の『諏方大明神画詞』という記録に、平安初期の桓武天皇(781〜806)の時代に「寅・申の干支に当社造営あり」とあるのが最初の記録で、起源はさらに遡るともいわれています。 祭りでは、長さ約17m、直径1m余り、重さ10トンを超える巨木を山から切り出し、人力のみで各神社までの道中を曳いて、最後に社殿を囲むように四隅に建てます。柱を山から里へと曳き出す「山出し」が4月に、神社までの道中を曳き、御柱を各社殿四隅に建てる「里曳き」が5月に、上社・下社それぞれで行われます。諏訪の人々は氏子として全精力を注いで16本(4社×4本)の柱を地区ごとに担当するのです。秋には諏訪地方の各地区にある神社(小宮)でも御柱祭が行われるため、一年を通して盛り上がります。
【その他の神事】
若宮社の神事 毎月1日
稲荷社の神事 4月9日
加茂社の神事 5月15日
八坂社の神事 6月15日
鹿島社の神事 9月1日
空大神宮社の神事 10月17日
子安社の神事 12月22日



